赤ちゃんの名付け

織田家に「信」の名が多い理由は?「通字」のルーツを解説

1.通字のルーツは中国や朝鮮半島

織田信長の「信」の文字など、先祖代々受け継がれる文字を「通字」といいますが、そのルーツは中国や朝鮮半島に、あると言われています。

日本では、親から子へ代々受け継がれるものですが、ルーツとなる中国や朝鮮半島の通字はそれとは異なります。

先祖を同じとする子孫同士、つまり、兄弟、姉妹、いとこ、はとこ、が同世代の結束を強めるために同じ文字を使っていたもので、韓国には今でもその風習が残っています。

日本の通字が”縦”の繋がりなら、ルーツとなる通字は”横”の繋がりを重視したものであると言えます。

2.受け継がれる漢字は1文字、名前は2文字

日本独自の通字は親か祖父から1文字もらうというもので、基本的に男児の名付けに際しての文化です。

1文字もらい、もう1文字は新たに別の文字を選んで、2文字の名前というのが基本でした。

この流れは、本場の中国でも同様で、通字ともう1つの文字を組み合わせる2文字名が主流で、中国では1文字名の場合、部首が同一の漢字を用いて通字としていたこともあったようです。

ちなみに日本には、主君が、功績をあげた臣下に自らの諱から1文字(偏諱)を与えるという「一字拝領」という文化があり「通字」と「一字拝領」の2文字だけで名前が構成されるような人も出てきました。

3.日本における「通字」

日本における通字は、中国や朝鮮半島から伝わったものが形を変えつつ少しずつ浸透していったようですが、古く、有名なものに「平氏」があります。

平清盛が有名ですが、その始まりは六世代前まで遡ります。

平将軍と称し、平氏の地位を確立した「貞盛」の息子は「盛」の字を受け継いだ訳ではなかった。

平氏の家系図には諸説あるが、貞盛→維衡→正度ときて、正度の息子は、父と祖父の名前から1文字ずつ取って「正衡」さらにそこから「正盛」→「忠盛」ときて、やっと「清盛」になる。

通字とみられることは「正衡」の代からみられますが、定着したのは「盛」の字でした。親、祖父ではなく、偉大な功績を残した先祖の名前をもらうことで、少しでもあやかりたいという思いがあったのでしょう。

その後、時代とともに、日本の伝統になりましたが、少なからず先祖のエネルギーをもらいたいという部分は残っているのではないでしょうか?逆にそれが、親を超えられないと言った迷信にもつながってしまっているようですが…

4.現在の日本での通字

戦国時代にはまだ諱(いみな)の文化があり、本当の名前として、諱は重要で強力なものでした。

その諱を活用して、代々文字を引き継いだり、「一字拝領」といって、自らの臣下に文字を与えるような文化も見られました。

しかし、明治以降には通字は徐々に減っていったようで、大正元年(1992年)からデータのある明治安田生命の名前ランキングをみてもその傾向が確認できます。

そもそも「通字」を名付けに使うには2文字以上の名前にする必要がありますが、1992年の時点でTOP10の内、3つが1文字の名前で、1933年にはTOP10全て1文字の名前が占めるという結果になっています。

元々、庶民の間でどれほど浸透していたかは不明ですが、この結果を見る限り、1文字では当然、通字は使えませんので、通字による名付けは少数派になったとみて取れます。

特に、最近の日本で言えば、真偽のほどは確かめられないですが、フィギュアスケート選手として活躍した「織田信成」さんは、あの織田信長の末裔らしく、「信」の字を通字として名付けがされているのは明白です。

少し脱線しますが、親から字をもらうと親を超えられないというのは、迷信であるといえます。「信」の字を代々受け継いで、その度に親を超えられないとなると、あれだけの成績を残すことはできないでしょう。

5.まとめ

  • 通字のルーツは中国・朝鮮半島
  • 通字ともう1字の2文字名が基本
  • 先祖の功績にあやかろうとしたことが日本の通字のルーツか?
  • 少数派だが今でも使われる名付けの方法

日本における「通字」は独自の文化に変化しており、中国や韓国からすれば、変わったものに思えるようです。

余談ですが、北朝鮮のトップの人は、「正」の文字を親子で引き継いで名前に入れていて、ルーツから考えると、日本で変化した形を逆輸入したようにも感じられます。