赤ちゃんの名付け

姓名判断は名付けのツールとして活用!人生は名前だけでは決まらない

この記事は、姓名判断を基本的に信じていない人に向けた記事です。名付けにおいて、無視しづらい姓名判断をどう捉えるか?ということについて書いています。

1.姓名判断をツールと捉える理由

名付けにおける姓名判断の捉え方は人によってレベルが違います。
以下に5段階で示しました。

レベル1:画数を全く気にしない
レベル2:無料姓名判断サイトで5格を確認する
レベル3:陰陽配列、五行・三才配置
レベル4:有料の姓名判断で命名依頼する
レベル5:知識をつけて自分で姓名判断を行う

多くの人は1〜3だと思います。

レベル4以上は「何を信じるか?」という世界で、全く同じ名前でも結果が良くなったり悪くなったりしてしまいます。

この、 同じ名前でも結果が良くも悪くもなる ということが、ツールとして捉えるべきという理由です。

例えば、2つの異なる姓名判断で「最高の運勢の名前だ」という名前と「こんな名前をつけたら人生が苦難の連続だ」と言われた名前が全く逆だった場合、その名前をつけますか?ということです。

どちらかを選んだとして、何か悪いことが起こるたびに「選択が間違っていた」とか「名前が悪いからだ」という考えになってしまうのではないでしょうか?

その考え方がとても危険だということを言っておきます。

なんでもかんでも名前を理由にしてしまうと、本質的な原因に目が行かなくなり、物事が解決に至らないまま進行してしまいます。うまく行かない要因を外部=他人のせいにしてしまっている状態で、それでは何をやっても思い通りにはいきません。

こう言った気持ちは、必ず子供にも伝わります。

姓名判断をして 「願い」を「名前」に込めてしまうと、そうならなかった時は名前を呪い、願いの通りになっても名前のおかげで自分の実力にはならない。その後にうまく行かなかった時に立ち直ることができず、結局名前を呪って生きていくことになります。

例えると、「絶対に儲かる方法」です。うまく言ったらその方法のおかげ。失敗したらその方法のせい。そしてまた別の「儲かる方法」を捜し続けることになります。

名前は人間にとってとても重要なものですが、名前だけで人生が決まるということはあり得ません。これは、姓名判断の根拠が存在しないことからも明確です。

関連記事|名付けの目的は?現在の日本における名前の目的を解説

2.ツールとしての活用法

無料姓名判断サイトの結果の違いや活用法については下記の記事で紹介していますので、この記事では活用する上での考え方みたいなものをお伝えします。

関連記事|赤ちゃんの名付けに使える!おすすめの無料姓名判断と活用法を紹介

まず、人命に使える漢字は2999の字体があり、ひらがなやカタカナを加えると3000文字以上の選択肢があるということになります。

さらに名前は一般的なもので1〜3文字となり、組み合わせだけで言えばかなりの数です。実際に私自身もその膨大さに途方にくれたひとりです。

そのような場合に、絞り込む手段の1つが「姓名判断」であると考えています。もちろん、子供の人生を姓名判断任せにするのではなく、名付けのツールとして活用するというやり方です。

ここで「なぜ、姓名判断を信じていないのに、姓名判断を名付けに使うのか?」という疑問の答えについて、明確にしておきます。理由は以下の2つです。

  • 迷信でも知ってしまうと気になってしまうのが人間
  • 子供が物心ついた時に、自分で姓名判断を調べ、最悪な結果になることを避ける

無料の姓名判断の場合、 基本となる5格の結果は似通っており、その傾向に乗っておけば、とんでもない画数をつけることは回避できます。(また、画数を気にする外野も黙らせることが可能です)

最近は便利な名付け支援サイトが増えていて、名字から運勢の良いとされる画数を提示してくれます。

おすすめは赤ちゃん命名ガイドというサイトで、

1文字、2文字、3文字、4文字以上をそれぞれ対象に入れるかを選ぶこともでき、漢字、ひらがな、カタカナの使用要否についても選択できます。(※漢字以外は少ないようですが)

ここで表示される画数の漢字から選んでいくことで、多少命名がやりやすくなります。

画数なんて、そんなに関係ない。と思っている人こそ、ツールとして無料の姓名判断を活用してみてはいかがでしょうか?

3.姓名判断は日本の文化

姓名判断のルーツは「諸説あり」だとは思いますし、そこを追求してもそんなに意味はないと考えています。私の姓名判断に対する印象は「日本の文化」です。

技術的・精神的な日本の文化の1つであると捉えています。

名前に霊的なものがあると信じたり、文字から運勢を占ったりという文化は、さまざまな国で見られます。日本の姓名判断もその1つです。そして、その他の多くの占いと同様に、少しずつ影響力を失っているものでもあります。

天気予報が一般的になる前は、雨乞いと言ったものが実際に行われていましたし、医学が進歩するまでは、今では考えられないような治療とも呼べない方法が実際に施されていました。それらはいずれも占いの一種であり、技術の進歩とともに影響力を失ったものです。

昔に比べて、個人の自由屋平等が現実的になってきた今の世の中では、人生は「名前」や「運勢」に左右されるものではなく、「考え方」と「行動」によって自分で切り開くことができる。ということが共通認識になりつつあります。

信仰することで、願いを託すよりも、自分たちの手でなんとかしようという、現実主義の世界です。そのような世界では、占いの類はだんだん必要とされなくなり、縮小していきます。

必要なくなるものといえば、最近話題の「印鑑」があります。実際に世界では使われていないもので、なくても成り立つ物であることは明確です。「印鑑屋さんの生活を守るために日本国民が不便を強いられる」ということには反対ですが、文化としての印鑑には肯定的です。印鑑の使用範囲を狭くするなどしながら、文化と利便性の共存を図っていくべきかと思います。

姓名判断も、文化として捉えれば、完全に否定するべきでも、肯定するべきでも無いと考えられますので、ツールとして活用するということも、自然と受け入れることができます。

4.占いが信じられる背景には心理学の進歩がある

街中や、ネットサーフィンをしていても、占いの広告はよく見かけます。最近はテレビを見ませんが、占いの類は今でも人気があるのでしょう。

これだけ科学が進歩しても、占いがなくならない理由は、心理学の進歩にあると思います。心理学を極めれば、相手の本質や思っていることを言い当てることもできるようになります。そして、言い当てられた人に、「これは占いだ」と言えば、多くの人は信じるでしょう。

また、未来を予測するものでも、相手の属性から確率の高い未来をいっておけば、うまく当たれば信じるでしょうし、外れてしまっても、その占い師を信じないだけで、占いそのものを疑う理由には足りません。

5.まとめ

  • 名付けも人生も他人任せにはしない
  • 姓名判断は名前候補の絞り込みツール
  • 姓名判断を否定も肯定もしない

名付けは親としての最初の権利であり義務です。他人任せにせずに最終的には自分できめるべきですが、そのためのツールの活用は是非ともやるべきです。

姓名判断による名付けを否定するわけではありませんが、名付けを含め、その後の子供の人生も、自立するまでは、保護者としてしっかりと寄り添っていくべきで、名付けを含め多くの判断が親に責任として押し寄せてきます。

最初の名付けで責任を放棄してしまうと、なかなかその後の責任を受け止めるのは難しいでしょう。あくまで、親が決めるという意識を忘れずにいきましょう。