赤ちゃんの名付け

姓名判断と怪しい儲け話の共通性

姓名判断について考えている時、たまに勧誘されるような「怪しい儲け話」と似てるところがあるな〜と感じたので、そう感じた理由を記事にしました。

1.「当たるも八卦当たらぬも八卦」という共通点

手相・四柱推命・算命学などなど、巷にはいろんな占いが溢れています。姓名判断もその占いの1つです。

同様に、怪しい儲け話もたくさんあります。マルチ・投資・株など、誘われた経験がある人も多いのでは無いでしょうか。

「すべての占いや儲け話に当てはまるわけでは無い」というのは、わざわざ言わなくても分かる話だと思いますが、念の為。

ところで、こういった占いや儲け話には根拠がありません。占いについてはなんとなくわかっていただけるかと思いますが、儲け話についても、多くの場合、なぜ儲かるのかを説明していないものが多くあります。

特に怪しいマルチなんかは、結局何を売って、どうやって収益が上がるのかをうやむやにしているものばかりです。

そしていずれにも 共通しているのは、「当たるも八卦当たらぬも八卦」とうい点です。

儲け話で言えば、「儲かる保証は無い」ということを意味しています。

2.両者が孕む矛盾とは?

「占い」と「儲け話」に保証が無いのは当然といえば当然ですが、もう一つの共通事項として、「断言的な言い回し」があります。

悪質な占いの場合、「このままでは絶対に不幸になる」とかいって不安を煽り、金銭を搾取するという手口も見られます。

「姓名判断」でも同じで、数字には意味があり、運勢からは逃れられないと断言しているサイトや書籍を見かけます。

そして、それを回避したり、好転させる方法が、有料コンテンツになっているという流れです。

法律的にはグレーなところなのかもしれませんが、モラル的にはあまりいい方法ではありません。

宗教や、一部のマルチのように、正しいことだと信じ込んでいる場合は本人に罪の意識は無いでしょうが、客観的に見て根拠が無いことを、「断言的に」いうことは無責任です。

その証拠に、「幸せになる方法」を購入しても、幸せになることは保証してくれません。

騙す側もプロなので、うまくいかなかったときの言い訳はコレでもかという程用意していることでしょう。

これまで指摘していなかったような部分を引っ張り出してきて、良し悪しを言われることが想像できます。

儲け話も同様で、「絶対に稼げる」とかの謳い文句のものは、要注意です。

「謳い文句」にはおそらく逃げ道が用意されており、勘違いしてしまうような表現だけど、ギリギリ嘘はついていない。という表現になっているはずです。

「断言的」かつ「保証の無い」ものはとくに注意するようにしましょう。

3.断言されると信じてしまう?

「霊能者」とか「占い師」が入れ替わりでテレビに登場し、ブームを起こしています。

私が思春期の頃は「細木数子」さんの全盛期で、本当によく目にしていました。

「今の名前だと絶対に不幸になる」とか「巨万の富を得る」とか初対面の人に対して、全国放送で断言する姿を見て、「そうか~」と私自身信じていました。

それは、テレビの中の出来事で半ば別世界のこととして見ていたことも理由の一つでしょうが、「全国放送で堂々と嘘を言うはずがない」という先入観の影響も大きいです。

実際に本当なのか嘘なのか、また、当人がどのように思っていたのかというのは確認する方法はありませんが、受け取る側の人間としては、「断言されたから信じた」という状況が生まれているのは確かです。

「何星人」だとかもっともらしいことは述べられていますが、詳細な根拠は見たことはありません。

門外不出の秘伝の書があるのかもしれませんが、それも確認するすべはありません。

ここで 重要なのは、「六星占術」の真偽ではなく、根拠を知らずとも、断言されたことを信じてしまう、ということです。

そして、その信じるかどうかは「状況」と「先入観」が作り出しています。

占いの館の場合、お金を払うことで、信じているといえます。

お金を取るということは、それなりに正しいことを言っているはずだ。という「先入観」と、多くの人が同じ占いの館に足を運ぶという「環境」できっと正しいものだと思い込んでいます。

お金を払うときにはすでに、信じて居ることになります。

この場合も、占いの真偽は関係なく、受け取る側が、勝手に信じているという状況が作り出されています。

4.信じたほうが悪いのか?

「信じてしまう」というのは、人間の心理であって、自然なことです。

数年前に(いまでもあるのかもしれませんが)お年寄りを集会所に集めて、さくらを仕込んでおき、商品を販売して、さくらの人が「ほしい!」と手を上げることで、つられて買ってしまう。という詐欺まがいの商法が問題になりましたが、それも人間の心理をついた、言わば「うまいやり方」です。

「占い」も足を運び、お金を払った時点で、多くの人は信じてしまっているとういことで、「うまい」です。

仮に検討違いだったとしても、「当たらぬも八卦」で、他の占い師や他の種類の占いを巡っていけば、当たる占いにたどり着く。

という仕組みになっているのもすごい仕組みだと感心させられます。

また、いわゆるマルチ商法や怪しい不動産投資なども、無料のセミナーなどで人を集め、集団の同調圧力を利用した方法で、新規の客を取り込んでいるようです。

特に、そういったセミナーは、内容は大したことは無くても、学校教育しか受けてきていないような、若い人などにとっては、目からウロコの内容が目白押しだったりして、その時の気分の効用と、集団心理で、契約してしまう。ということも多いでしょう。

これらは、当然「騙す方」が悪いです。

ですが、この「騙すほうが悪い」という考えは被害者意識そのもので、この考えのままではいつまでも搾取される側でしょう。

時折問題になる「買い占め&転売」もそうですが、度合いの問題で、ビジネスの世界では当たり前に行われていることではないでしょうか?

新たな技術を生み出した企業が、特許でそれを独占し、利益を上げる。社会を良くする良い技術なのに、無償開放しないのは「悪い」とはなりません。

輸入販売も、海外から仕入れたものを、仕入れ値よりも高く売っているだけで、やっていることは本質的には転売と同じです。

みんなが簡単に買えないところから買ってくるか、みんなが買いに行けるとこをで買い占めるかの違いです。

こうやって見ていくと、境界線はかなりグレーになってきます。

日本に暮らしていれば、法律の範囲内では守られますし、最低限の生活の保証はありますが、いまだ、弱肉強食の世界であることには代わりありません。

「信じる・信じない」も含めて、自分の行動は自己責任という意識は、忘れないほうが良いでしょう。

5.姓名判断は名付けで考慮すべきか?

「個人の自由」としか言いようがありません。

  • 姓名判断を信じていてそのとおりに名付けをする
  • 信じていないが参考にする
  • 全く考慮しない

大きくこのような3つのパターンにわかれるかと思いますが、

いずれの場合も信じるか・信じないかは、個人の価値観でかわります。

「信じないけど参考にする」というのは、キリスト教ではないけど、クリスマスを祝うといった感覚に近いかもしれません。

「しゃもじを舐めると雨男になる」というような迷信についても、本心では、根拠もないし、ありえないと思っていても、「気持ち悪いから」やらない。ということがあるように思います。

これは、「ロジック」と「感情」がごちゃ混ぜになってしまっているために、起こります。

感情を完全に分離出来ているひとは、全く考慮に入れないでしょうし、ほとんど感情だけで動いている人は、すべてを「姓名判断」に任せることもあるでしょう。

名付けのときに、考慮に入れるかどうかは、人それぞれなので、自分が「ロジック」と「感情」とどちらを重要視しているかの、自己理解をした上で、判断するようにしましょう。