赤ちゃんの名付け

我が子が自分で姓名判断を調べた時のことについて。結論は「気にする必要無し」

我が子が将来自分の名前を姓名判断で調べるのでは無いだろうか?という両親、または、今まさに自分の名前を姓名判断で調べてみて、名付けた親のことを考えている人もいるかもしれません。

どんなことを思って調べるのか?名付けはどうすればいいのか?ということを考えました。

1.どんな時に調べる?

いったいどんな時に調べるのでしょうか?

子供の名付けをする時、姓名判断が気になって、自分の名前は?と調べる事もあるでしょう。

友人同士での会話に上がったり、テレビの特番を見たり。きっかけは様々でしょう。

しかし、気持ちの面では、あまり絶好調な時ではないと思います。調子が良くて、悩みが全くなかったり、何かに夢中になっているような時は、自分の運勢が良いか悪いかなんて、気にしないですからね。

そういうときは、テレビで姓名判断の特集を見ても、チャンネルを変えるか、他人事としてみているでしょう。

人は、物事に理由を求めます。意識していなくても、無意識で理由を探しているものです。それは、この宇宙の法則で、結果には必ず原因があるからで、それを本能で理解しているからです。

自分の人生が、思った通りにいかないとか、なぜこんなことになっているのだろうとか、少しでも感じている部分があれば、ちょっとしたきっかけで、姓名判断が気になってしまい、自分で調べる。という行動に移すことになります。

2.結果の正しさは重要ではない

まずは、無料の姓名判断で調べることになるでしょう。すでに、手相占いや、算命学の占いを渡り歩いてきた人かもしれません。

占いというのは無数にあります。手相・算命学・姓名判断といった手法に、流派も含めると数えきれない程でしょう。また、占い師によっても答えは変わってくるはずです。

そしてその答えは、それなりに的を射たものも多く、はまれば、ズバリその人のことを言い当てたように思えることにもなります。

対面式の占いであれば、相手に合わせて言葉を選べるので、技術があれば、さらに精度は上がるでしょう。

しかし、全てを言い当てることは不可能ですので「当たるも八卦当たらぬも八卦」となります。

そんな中で、自分の信じるものにピッタリ合うもの、自分のいって欲しい言葉、に巡り合うまで繰り返すのが、占いだという事も出来るでしょう。

姓名判断は数が基本となっているので、名前が決まっていれば、その答えも決まっています。webの姓名判断となれば、数字から該当する答えを、データベースから引っ張ってくるだけのことです。

それでも、悩みを抱えている人にとっては、そこに自分が気にいる答えがあれば、満足で、「姓名判断は当たる」となるのです。

例えば、20代前半でこれまで苦労ばかりだったと思っている人が、「人生の前半は苦しいが、努力を重ねることで、後半は上手くいく」という結果を目にすれば「そうかそうか」と納得するでしょう。そして、10年後うまくいっていれば占い通りですし、上手くいかなかったとしたら、当たらなかったというだけです。

また、全然上手くいっていなくて、自分の運勢はさぞかし悪いものなのだろうと、調べた結果、完璧な画数であったなら、「それなのになぜこんな現状なのか」と落ち込むことになります。姓名判断の結果が良くても悪くても、その時の受け取りての状況次第で、いかようにもなってしまうのです。

3.怪しい占いサイトにご用心

占いサイトの広告は、至る所で目にします。特に、姓名判断を調べたりしていると、Googleさんが占いの広告をバンバン出してきます。

そして、多くのものが「無料」で、全てがわかるような、宣伝文句を謳っています。冷静に考えれば「怪しい」とわかるものでも、悩みを抱えていて、周りが見えない状況だったり、他の道が見えていなかったりすると「試してみよう」と思ってしまうものです。

そして、「もうすぐ素晴らしい未来がくる」とか、「大変な不幸が待ち構えているとか」いって、幸せになる方法はこちらです。といった具合に、有料サービスへの導線が作られています。

占いのサービスを否定しているわけではありませんが、中には、どんな生年月日でやっても、名前を変えてみても、同じ結果になるような、あからさまな「手抜き」サイトもあり、少々悪質なのではと思えるようなものも存在します。

占いを信じてみるにしても、少し用心深く、まともなところを探してみたほうがよさそうです。

4.名付けはどうすればいいのか?

姓名判断でいえば、どんな流派でも良い結果になるような完璧な名前はありません。我が子が姓名判断をやったとき、無料の姓名判断をいくつか試してみる感じであれば、どれかが望んだ結果になることでしょう。しかし、何か1つの流派を信じている場合、その流派で良い結果になる名前というのは、検討のつけようがありません。

つまり、どんな名前にすれば、子供にとっての「姓名判断的に良い画数」になるのかというのは、全くわからない。ということになります。

であれば、どんな画数にしたところで、問題はないでしょう。

何か、手を打てるとしたら、一般的な凶数を避けると言った事くらいでしょう。この数字は昔から続いているもののため、時代が変わっても、コロコロ変わるものではありません。とりあえず、有名どころの凶数を避けておけば、ネットで姓名判断やってみたら最悪だった。という展開は避けられるでしょう。

ですが、結果の良し悪しはそれほど重要ではないことは、先に書いたとおりですので、気にし過ぎても、無駄になるだけかもしれません。

5.まとめ

どんな名前、どんな画数にしても、最終的には、本人が「占い」を信じるかどうかが、鍵を握っています。

「娯楽」や「迷信」感覚で信じているなら、問題ありませんが、「ロジック」よりも「占いの結果」を優先するような状態になった場合は、どんな占いであろうと危険な状態と言えます。

良い名前の画数をあれこれ考えるよりも、子供に寄り添って生きることを考えたほうがいいのかもしれません。

自分の姓名判断の結果に疑問を持った時、率直に話をできる関係を作ることが、最も重要なように思います。