赤ちゃんの名付け

キラキラネームの境界線はどこ?子供に不快感を与えないために

「キラキラネーム」とは、「DQNネーム」をメディアがいい感じに言い換えたもので同じ意味です。DQNというと蔑むようなイメージが強いため言い換えられたという背景があるそうです。

現在は世間の受け止め方も少し変わってきており、境界線は曖昧ですが、奇抜だけど悪くはない名前を「キラキラネーム」、明らかに子供に害がある名前を「DQNネーム」と呼んでいるのかなという印象を受けます。

この 「境界線」とはどこなのか?普通普通じゃない名前の差は何なのか?という疑問について考察しました。

1.境界線は「子供自身が嫌だと思う」かどうか

「奇抜な名前」の場合、人によって受け止め方は違ってきますが、OK/NGの境界線は 「子供自身が嫌だと思うかどうか」だと考えます。

「〜太郎」「〜子」は古臭くて嫌だ。というものではなく、周りの人の反応が明らかにおかしかったり、文字数が多すぎるなど日常生活に支障があるようなレベルのものです。

“普通の名前”との境界線は、「奇抜な名前」であるかですが、これは時代によって変わってきます。その時代を生きている人にとって多数派か極少数派かということです。

キラキラネームかDQNネームか(または、良いキラキラネームか悪いキラキラネームか)についてですが、これは奇抜であるという前提があり、その名前を子供自信がどのように捉えているかという事が、境界線という意味では重要になります。

地球史上たった一人だけで、初見の人は絶対に読めないような、さらに文字数も多く書くのが大変な名前で、周りからも好奇の目で見られるような名前であっても、名前をつけられた本人が心からその名前を気に入っているのであれば、悪い名前とは言えないはずです。(多少周りの人は迷惑かもしれませんが…)

逆に子供が名前のせいで嫌な思いをするようであれば「悪い名前」と言わざるを得ません。

「王子様」と命名された人はこのように語っているそうです。

・「病院などで名前を放送してもらったときに周りがざわついてしまい、恥ずかしい気持ちになる」
・「自己紹介をしたときに笑われてしまうことがある」
・「ショッピングモールに行った時、顔も知らない人から『あれ、赤池王子様じゃない』と笑われた」

出典:J-CASテレビウォッチ キラキラネーム「王子様」を改名した高校生が思いを激白 親はちゃんとした名前を子につけて

実際に改名した人がニュースになるくらいですので、行き過ぎた名前は良くありません。

この方のように、実害があると認められれば改名することも可能ですので、境界線を引くなら、自分の力でどうにもできない子供時代に「本人がどう思うか」ということになります。

2.なぜキラキラネームが生まれるのか

キラキラネーム が騒がれ始めるより少し前から「ナンバー1よりオンリー1」とか 人と同じがカッコ悪い、個性を強調しようといった風潮が出てきた事が、キラキラネーム を生んだ背景ではないかと思います。

「個性がある」「感性が良い」と思われるために“唯一無二”の名前を追い求め、行き過ぎた結果がキラキラネーム やDQNネームです。中には明らかに悪意があると思えるものもありますが、命名している本人はまじめにやっている場合もあります。

子供は、親の物ではありません。親自身が「何の個性も無い人間になってしまったから」と言って、その特別になりたい欲求を子供に「名前」として押し付けてはいけません。

また、自分では個性的で素晴らしい名前だと思っていても、子供がどう思うのか?ということを考えないといけません。その名前にする事で子供にどんな事が起こるのか?少し想像すれば分かると思います。

3.ランキング上位は市民権を得たと言えるのか?

“普通でない”名前の条件は“奇抜であるか”です。

奇抜かどうかとうのは、その時代に同じ漢字や読みの人がいるかどうかということになります。つまり、過去には使われておらず“奇抜だ”といわれた名前も、流行とともに一般的に使われるようになれば、“普通の名前”になるのです。

では、毎年発表されるランキングで上位を獲得した名前は、普通の名前として“市民権を得る”ことができるのでしょうか?

関連記事|赤ちゃん名前ランキング「まとめ」

このようなランキングを見るのは子供の名前を考えている人が大半かと思います。逆にそれ以外の人はあえてこのランキングを見ることはありません。

たまにテレビのニュースで取り上げられていれば、「ふーん」と見る程度です。なので、実際の自分の生活の中に新しい名前の人たちが入ってきて、初めて気付くということになります。

新入社員の名前が読めないとか、高校野球の選手の名前が読めないとかで、少しずつ溶け込んできます。

しかし、それだけ子供達と接点がないというだけで、子供への影響もありません。子供のことを考えるのであれば、子供の環境で考えるべきです。

保育園や学校、病院や習い事など、子供たちが過ごす環境では、周りの子供たちも同じ年代であり、対応する大人たちもその年代の子を多く見ています。

そのため、ランキング上位のような多くいる名前であれば、一般的にも通用する名前であると言えます。

多様な漢字や読みの名前も徐々に受け入られている傾向にありますし、今後は読み仮名をつけるのが当たり前になったり、今時の名前にあった世の中になっていくかと思います。

4.大人の常識は子供達の非常識

「キラキラネーム 」とか「DQNネーム」は大人の常識で言っているに過ぎません。これまでに無い奇抜な名前であっても、流行で多くの人が命名すれば、その子供たちにとっては当たり前の名前になり、その漢字や読みが常識になります。

私たち大人は、自分の常識に当てはまらないものは「異物」だといって遠のけてしまいがちですが、子供の名前に関しては、その世代の常識で考えるべきであって、もっと寛容であるべきです。

大人の常識に当てはめて、 子供たちの名前をどうこう言うことは、子供世代にとって何のメリットもありません。

一緒に育ってきた友達の名前を「奇抜だからおかしい」と大人が言ったとしても、子供たちにとってそれは非常識だとも言えるのです。

5.名前は付けたら終わりではない

名づけは子供が産まれる前から考え始めますし、一度決めたら簡単に変えられる物でもないので、特別なものと感じてしまいます。

ですが、長く続く子育ての一部に過ぎません。名前を決めたらそこで終わりではなく、 子供と共に親もその名前と付き合っていく必要があります。

キラキラやDQNの境界線として「子供が嫌と思うか」ということを挙げましたが、この点に関してりゅうちぇるさんの考え方が参考になります。

りゅうちぇるさんは「リンク」というまさにキラキラネームと言える名前についてこんなことを語っています。

「人の名前でいじめるような子にリンクはしないし、僕たちも人の見た目や名前で人を判断する子には絶対しない。キラキラと言われても、リンクの中身を見て友達になって、愛してくれる子が現れるようにリンクを育てたい」

出典:りゅうちぇる、子どもの名前「リンク」に込めた意味「人の中身を見て愛せる子に」|eltha

特に後半部分で、たとえキラキラと呼ばれても、子供が自分の名前を好きになれるように育てていくという決意が語られています。この件でりゅうちぇるさんを見直したという人も多いようです…

実際どうなるかはわかりませんが、両親が有名人というだけで、特別な目で見られることは想像できますし、一般人だとしても名前以外にも悩みのタネは無数にあります。

「名前」も含めて、話し合いながら子育てをしていくということは、いわゆる“普通の名前”の人たちも同じことです。

どんな名前であろうと、付けたら終わりではなく、子供が自分の名前を、また、自分自身を好きになれるように、寄り添っていくべきだと思います。

6.まとめ

“普通”と“普通じゃない”の境界線は、時代と共に変わりますし、見る人にとっても変わり、おそらくいつまでたっても曖昧なままです。

しかし、「名づけ」に対するスタンスは、「子供を第一に考える」という一貫したものであるべきです。

自分が「どんな名前をつけた親なのか」と思われることではなく、子供だけを見て、どんな名前がいいのか?を考えてあげることが大切です。

子供のためを思って名づけをし、その気持ちを持ち続けるかどうかというのが、本当の境界線なのかもしれません。